Pride of Me 私たちが創る未来
つながる社会へ
協賛企業 
巣守金属工業㈱
100年後も必要とされる企業へ for広島
人々が日々の食べものにも困っていた戦後間もない頃の日本。原爆により本社が壊滅し、現在の三次市三良坂町に工場を構えていた当時、社員たちは工場の乾燥炉を活用してパンを焼き、近隣の人々に配っていたといいます。
また、戦後焼け野原となった広島の復興を支えるために、乗り合いバス事業の立ち上げにも参画しました。
私たちはどんなときも、人々のそばに寄り添い、社会に必要とされる企業であることに重きを置いてきました。
私たちがモノづくりに細心の注意を払うのは、私たちが生み出す製品が、まっすぐに人々の暮らしへ、社会へとつながっていることを知っているからです。
ナンバープレートは、交通の安全と人々の安心な暮らしを守るために。
銘板やサインは、大切な情報を正しく、わかりやすく伝えるために。
グッズや記念品は、楽しさを伝え、人々の暮らしを豊かにするために。
私たちが製品をつくる際、その先にはいつも「人」、そして人々が暮らす「社会」が見えています。
これからの広島を、もっと暮らしやすく、魅力的な街にしていきたい。
巣守金属工業は100年後も社会に必要とされる企業であり続けるために、これからも人々の暮らしを支え、社会に貢献していきます。
広島の川面に昇る、朝日のように
私たち、巢守金属工業は創業当初、自転車の鑑札を中心に漁業権、船舶、扇風機、ミシン、楽器、ラジオ、リヤカー、荷車など多様な鑑札を手掛けていました。全盛期には全国の鑑札需要の約8割を占める大きなシェアを誇っていました。

鑑札は許可証としての役割を持つ一方、その表面には徴税目的の管理番号が刻印され、政府の税収管理にも大きく貢献していました。当時は戦費調達を目的とした物品税の導入と相まって、特に嗜好品の所有者に対する課税手段として活用されていました。

時代の移り変わりとともに、巢守金属工業の主力製品はバイクや自動車のナンバープレートへと変化を遂げました。そして2007年7月には、当社が製作した日本初オリジナルナンバープレートが愛媛県松山市で採用されました。地域の風景やシンボルを表現するデザイン入りのプレートは全国で注目され、ナンバープレートは地域愛を象徴する存在へと進化したのです。

戦費調達のための鑑札から、地域社会を彩るオリジナルナンバープレートへーその歩みは、歴史の変遷とともに社会的意義を深めていきました。
巣守金属工業㈱
「老舗ナンバープレートメーカー」としての誇りとチャレンジ精神を携え、安全で安心な車社会に貢献します。
広島市南区出島1丁目34番7号
創業
大正3年4月1日
電話番号
082-251-8307
WEB
https://sumori-metal.com/
復興に尽力した企業に残る80年前からの資料を基に、広島在住のクリエイターの視点を介し復興を感じ取る場「Pride of Hiroshima」の展示を現地でご覧ください。
Divide the footprints of the era related to reconstruction into six categories Please take a look at the "Pride of Hiroshima" exhibition, a place where you can get a sense of the recovery through the perspective of creators living in Hiroshima, based on documents from 80 years ago that remain at companies that worked hard for the recovery.