原爆で多くの人が亡くなり、ご飯があまり食べられず苦しい生活を送っていた時に原爆が来てもっと生活が苦しくなったし原爆で多くの命を捨てて、怪我、大怪我などをしても誰も手を貸してくれず家族や自分で手当てをするかと言う方法しかなかった。昔の人はどんな食べ物、水でも、ありがたく食べたり飲んだりしているから、僕も水や食べ物に感謝していきたい。
広島の過去から繋がる思いを未来へ届けるため自分に出来ることは何か、そんなことを考える時間になりました
原爆は怖いと思った。平和の花を咲かせたい。
まさに復興の原動力となった”Pride of HIROSHIMA”という言葉の成り立ちがわかる展示でした。ありがとうございます。また伺います。
絶望的状況の中にありながら、直後から未来だけを見つめて復興に取り組まれた方々を思うと胸がいっぱいになります。私にできるのは、今の広島があるのは、先人のおかげであることを感謝し、忘れないように未来に繋いでいくことだと思います。ありがとうございます。