Pride of Me 私たちが創る未来
IMO
08:32
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2026 6/16

広島研修で私が目にしたのは、教科書の中の歴史ではなく、今も力強く息づく「生きた記憶」でした。被爆者の方々やガイドさんの言葉を通じて心に突き刺さったのは、あの日、一瞬にして日常を奪われた人々の言葉にできない悲しみと、想像を絶する原爆の恐怖です。しかし、それ以上に私の胸を打ったのは、灰燼に帰した街を今日まで繋いできた広島の人々の、不屈の精神とたゆまぬ努力でした。「Pride of Hiroshima(広島の誇り)」という言葉には、単なる復興の記録以上の重みがあります。それは、絶望の淵から立ち上がり、憎しみではなく平和を叫び続けてきた、人間としての気高い誇りなのだと感じました。その軌跡を間近に感じ、平和は自然に守られるものではなく、一人ひとりの意志によって紡がれるものであることを痛感しました。広島に行ってよかった。心からそう思います。今、私の心には小さな平和の種が蒔かれました。かつて広島の人々が焦土に花を咲かせたように、私もまた、自分にしかできないやり方で、この学びをこれからの人生に活かし、平和という花を咲かせ続けていきたいと強く願っています。ありがとうございました。

H
16:27
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2026 6/26

僕は、広島に行く前、正直原爆をなめていました。その理由は恐らく色々な兵器を調べる中で「他の兵器の方が怖い」と思ってしまったのが原因でしょう。と言うか、兵器にこっちの方が怖いとかを考える事が間違っている。平和資料館で見たもので2つのものがとても印象に残っています。一つ目は原爆症で身体中に紫色の発疹が出ている男の人の写真です。感じたものは恐怖です。もちろん原子爆弾に対しても恐怖を感じました。でも、一番恐怖を感じたものは、その男の人の目です。どうしてかと言うと、目から、絶望、諦め、感謝この三つを感じたからです。その人の感情がごちゃごちゃになっているように感じて、恐怖を感じたのでしょう。二つ目は、原爆で自分の子供が死んでしまった母親が目を開けない我が子にいった言葉です。それは「目を開けて、目を開けて」です。この言葉を見た時に変な衝撃が走った感覚がして、突然恐怖と悲しみ?が湧き上がって来ました。僕には霊感なんてないけどその時にその母親の魂?みたいなものを感じました。この二つは僕に原子爆弾への恐怖を再確認させてくれました。僕が広島に行って感じたことは、「人間が一番怖い」ということです。そう思ったきっかけは、焼け野原と化した広島を皆で協力して、復興させたということを聞いた時です。僕の思考だと大分非現実的で「すごい」と尊敬の念を抱くのと同時に、人間の生きようとする力の恐怖も感じました。その恐怖は敵国のアメリカからも感じました。原爆の威力も十分過ぎるくらい僕にとっては非現実的でとても恐怖を感じました。原爆を実験目的も兼ねて投下したアメリカも鬼畜に見えますが、日本が最初に戦争を仕掛けたことを考えると、少し自業自得味があるのはとても複雑な気分になります。
十人殺されたと聞くだけでも沢山死んだと僕は思うのですが、140万人とか気が遠くなるくらいの人数が死んでいて、今からは考えられないです。最近なら一気に人が死んでも、2万にくらいなのに、原爆は約140万人で約70倍です。
碑巡りで鐘の説明を受けた時、外側のデザインは世界地図のようになっている事と国境がないことを教えてもらい、僕は国境が無い理由を「世界は繋がっているっていうことかな」と即答できました。恐らく広島を色々見ているうちに、昔の広島の人、今の広島の人、死んでしまった人などの思いが、願いが理解できたのかもしれません。そしてこれは1日目の話なので、ものすごく早く僕の心に平和への思い、願いが伝わっていた、響いていたのでしょう。僕は、毎日学校に通えることは当たり前と思ってしまっています。ですが、逆に考えると、それが当たり前と思ってしまうくらい、今が平和ということです。このくらいの平和が長く続く、誰もが感じられるよに自分にできることをしていこうと思います。