戦争の残酷さやむごさを伝えるものは今まで色々見てきましたが、そこから街や産業がどうなっていったかや、企業がどう存在していたのかはあまり今まで触れてこなかったように思います。原爆投下時も新聞社や銀行、電鉄がそれぞれのprideを貫いて仕事をしていたということが忘れられません。現代、「仕事面倒だな」と気軽に口にしてしまう私たちは何なのか…。 キノコ雲を撮ったカメラ、これからも多くの人に見てほしいと思います。
多くの人は綺麗に咲く平和の花を望んでます
今やっている事が未来の広島の為に… 子供や孫の為に平和な世界にしたい
当時の人々の復興に対する強い思いで作られたこの広島を大切にしたいです!
「過去も 未来も 今 ここにある」 私は生まれも育ちも関東で広島に来てまだ一年少ししか経っていません。日々、広島の原爆との距離の近さに驚かされ、その復興の力・スピードはいまだに信じられない程です。この感覚は広島歴が浅いからこそだと思っています。この先、私は大学を卒業して社会に出てさらにいろいろな経験を積み重ねていくでしょう。その一つ一つの経験の中に少しでも「平和」を含め、広島での記憶を忘れずに生きていきたいです。